ブックタイトル広報 常陸大宮 2016年10月号 No.145
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広報 常陸大宮 2016年10月号 No.145
?????????なんと、次郎左衛門は小玉村(現緒川地域小玉)の庄屋出身であると書かれているのです。確かに、現在も小玉地区の周辺には「三村」の姓を持つ家が多く存在し、元庄屋の家も「三村」姓を名乗っています。また、主君である浅野家は正保2(1645)年まで笠間藩主をつとめており、父親である喜兵衛はこの時に浅野家へ仕え始めたとされています。しかし、次郎左衛門が小玉村で生まれたと仮定した場合、寛文7年の時点で浅野家は赤穂に移っているため、史実との辻褄が合いません。このことを踏まえると、小玉村にゆかりがあるのは次郎左衛門ではなく喜兵衛のほうであるとも考えられます。一方、次郎左衛門が死の直前に提出した「親類書」の中に、祖父が「常州稲田郡」に住んでいたと書かれた記述がありますが、「稲田郡」は存在しない地名であり、次郎左衛門が常陸国の地理に詳しくなかったとも考えられます。以上のように、次郎左衛門の出生に関しては様々な説がありますが、詳細に関しては不明です。執執????? ?????執執執執執執執赤穂浪士三村次郎左衛門執くらのすけ元禄15(1702)年12月14日の夜、大石内蔵助良雄を執よし執中心とする赤穂浪士47名が吉良邸に討ち入り、吉良義なかこうずけのすけ執央(上野介)を討ち取る事件が起きました。主君であ執ながのりたくみのかみる浅野長矩(内匠頭)の仇討ちとして有名なこの事件執執は、「忠臣蔵」として現在でも人気を博しています。そ執の赤穂浪士の1人として討ち入りに参加していた三村執かねつね執次郎左衛門包常が、本市と関わりがあるというお話を執皆さんはご存知でしょうか。執執執【三村次郎左衛門の生涯】執はり史実によると、次郎左衛門は寛文7(1667)年に播執ま執磨国赤穂藩(現在の兵庫県赤穂市)で誕生したといわ執れています。父親である三村喜兵衛の代から浅野家に執【市内にのこる「赤穂浪士」関係資料】執仕え、次郎左衛門もまた下級ではありますが、「台所役執人」として赤穂藩主である浅野長矩に仕えていました。執元禄14(1701)年、主君である長矩が江戸城内で刃てんそうやしき傷沙汰を起こした際、次郎左衛門は江戸の伝奏屋敷にいたといわれています。赤穂開城後、次郎左衛門は大石に従うようになり、討入りの日まで行動を共にしていました。そして、吉良邸襲撃の際には裏門組に配属され、大槌で裏門を打ち破り、一番に吉良邸内へ飛び込みました。その時の行動を大石にほめられたと、討ち入り後に残した手紙の中に記しています。その後、次郎左衛門の身柄は岡崎藩水野家へ預けられ、幕命により元禄16(1703)年2月4日に切腹。遺体は他の赤穂浪士と同様、泉岳寺に埋葬されました。【三村次郎左衛門と常陸大宮市】このように、三村次郎左衛門の生涯だけを辿ると、常陸大宮市との接点を探すのは困難に思えます。しかし文化4(1807)年に成立した『水府志料』にある、「鷲子組小玉村」の項目には、以下のような記述があります。執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執執「此村四方に山あり。東は▲三村次郎左衛門像法性寺村、下小瀬村、西南国長村、北は小瀬澤村につゞき、東西十八町、南北七町。執執元禄中、浅野内匠家臣四十七人、吉良上野介を討し内、執三村次郎左衛門と云ものは此村の人なり。初庄屋なりしが、江戸に出て浅野氏に仕へ、其人数に加はりしと云。其同家のもの今にあり。」謎が多い次郎左衛門と本市の関係ですが、調査を進めるにつれて、赤穂事件に関係する古文書や、一族が泉岳寺へ墓参りをし、香典を受納した旨の古文書が残されていることが分りました。どのような理由で伝わり、残されたのかは不明ですが、次郎左衛門にまつわる何かがあるのかもしれません。今後も調査を進めていきますので、ご協力をお願いします。▲小玉地区風景※赤穂市教育委員会、三村功さん、三村朔男さん、三村信一さん、三村夏央さん、三村まり子さん、桐原彰さんにご協力いただきました。<参考文献(一部)>・三村功『小玉村庄屋の軌跡と年貢』・赤穂市総務部市史編さん室『忠臣蔵第三巻』執・三好一行『赤穂四十七士列伝』執執・赤穂市歴史博物館『特別展図録検証・赤穂事件2』執歴史文化振興室緯52-1450広報常陸大宮26平成28年10月号