ブックタイトル広報つちうら 2016年9月中旬号 No.1179
- ページ
- 8/20
このページは 広報つちうら 2016年9月中旬号 No.1179 の電子ブックに掲載されている8ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
このページは 広報つちうら 2016年9月中旬号 No.1179 の電子ブックに掲載されている8ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
広報つちうら 2016年9月中旬号 No.1179
8広報つちうらお知らせ版No.11798月6日、広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が広島の平和記念公園で行われ、本市から市内公立中学校の生徒代表16人を含む22人の平和使節団が参列しました。原爆が投下された午前8時15分に黙とうをささげると共に、平和への願いを込めて折った千羽鶴(約1万5千羽)を「原爆の子の像」へと献納してきました。問総務課(?826・1111内線2212)平和の大切さを伝えるために■森浩孝さん(土浦市地区長連合会)1945年8月6日午前8時15分。広島市上空で一発の原子爆弾が炸裂し、老若男女問わずに襲った爆風、熱線、放射線による惨状が、71年前に起きた事実であることを私は知識としては持っていました。この度、平和記念式典に参列し、ヒロシマの地に立って想うと、全人類の記憶として伝えねばならないという、「ヒロシマからの平和宣言」の意味を自身に問い掛ける良い機会となりました。折り鶴に込めた「恒久平和」をぜひ実現させましょう。■西岡徳彦さん(土浦三中教諭)平和使節団結団式後の事前学習会では、私を含め参加した多くの生徒は、広島の原爆に関する映像などを直視できない時もありました。しかし、実際に資料館などを見学し、講話を聞き、平和記念式典に参列した私たちには、71年前の8月6日に起きたことや原爆・戦争の恐ろしさを知り、命の尊さや平和への願いを伝える使命があると実感しています。今回の事業に参加させていただいた土浦市に心より感謝とお礼を申し上げます。■古谷知博さん(土浦一中二年)初めて訪れる広島は、活気ある街並みで、かつて原爆が投下され焼きつくされた場所であることなど想像もできませんでした。しかし、原爆ドームの存在が戦争を忘れてはいけないと語っているようでした。二度と戦争の苦しさを繰り返してはいけないと強く感じ、平和であることの大切さを知りました。僕は、今回広島に行って学んできたことをより多くの人に伝えていきたいと思います。■坂本美優さん(土浦一中二年)私は広島へ行き、原爆のことについてたくさん知りました。今の広島からは想像が出来ないほどの悲惨さ、恐ろしさを、実際にその場所で感じてみると平和の大切さがよく分かりました。多くの人々を苦しめた戦争を二度と起こさず、平和な日々を過ごしていくためにも、原爆の恐ろしさや戦争の悲惨さを戦争を知らない私たちの世代がしっかり学び、ヒロシマの記憶を後世に伝えていかなければいけないと思いました。■嶋﨑華さん(土浦二中二年)私は、8月5日から3日間、広島の平和記念式典に使節団として参加しました。以前から興味を持っていたのでとても楽しみでした。私の中で一番印象的だったのは、地元の小学6年生の「平和への誓い」です。力強く、はきはきと読み上げている姿に感銘を受けました。71年前に原爆によって身も心もボロボロにされた広島の方々が今ではしっかりと前を向いて進んでいる、そう感じた瞬間でした。■髙橋信子さん(土浦市女性団体連絡協議会)式典前日、「原爆の子の像」に中学生や市民の皆様が折った千羽鶴を献納しました。2歳で被爆し10年後に白血病で亡くなった佐々木禎子さんが病床で折った鶴は、1cm位の本当に小さなものでした。「心を込めて鶴を折る」ことは、たとえ小さな一歩でも、平和を祈りながら行動することの大切さを象徴していると思います。非核平和都市を宣言した土浦市民の一人として、これからも平和を守り伝えていく想いを新たにしました。■居舘詠美子さん(土浦青年会議所)8月6日、広島平和記念式典へ参加させていただきました。アメリカの現職大統領が初めて被爆地を訪問された今年は、多くの人々が式典に訪れておりました。こども代表の方の誓いの言葉の一部「私たちは知りたいのです」という言葉が印象的でした。あの悲惨な現実が、二度と繰り返されることのなきよう、1人でも多くの人に広島を訪れ、歴史を引き継ぎ、世界平和への思いをより深めていただけたらと、改めて思う貴重な機会となりました。■先﨑大空さん(土浦二中二年)実際に被爆したものをみて、一発の原子爆弾の恐ろしさを感じました。人が被爆し骨も残らずに影が残るという日常ではありえないこと。放射線を浴びて後遺症が残ってしまったり亡くなってしまう人。これらのことなどを多くの人に伝えていきたいです。■今村武夢さん(土浦三中二年)僕は平和記念式典に参加して、広島が世界中から注目されていると感じました。多くの命や生活が原爆によって一瞬にして奪いさられました。原爆ドームのむき出しになった鉄骨がその恐ろしさを物語っていました。さらに平和記念資料館では、広島の苦しみや悲しみ、痛みが伝わってきました。世界が非核化するために、唯一の被爆国に生まれた僕達が、あの日広島で起きたことを伝えていかなければいけないと思いました。平和記念式典