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概要

歴史館だより No.109

もちながへんき一橋徳川家文書「徳川茂徳偏諱関係史料」「御一字」(周辺をカットしています)当館所蔵の一橋徳川家文書かもちはるら,10世茂栄の尾張藩主就任時に授与された「偏諱」儀礼に関する文書を紹介します。茂栄は,安政5年(1858),よしくみ兄慶恕が斉昭,慶喜らとともに大老井伊直弼を詰問,罪を問われ隠居させられた跡を継いで尾張藩主となり,将軍家茂の偏諱を賜り「茂徳(もちなが)」と改名,兄が推進した尊王攘夷「御称」(周辺をカットしています)路線を修正,佐幕派を重用,西洋式軍制を採用した人物です。隠居後,慶喜の将軍就任にともない一橋徳川家を相続,茂栄と改名しました。偏諱名に関する史料は,5点ほどあります。写真は10月13日に家茂から賜った「御一字」と表題にある史料です。「茂」字授与をうけて林大学頭が中国の古典(この場合は『詩経』)をふまえて選定した諱名「茂徳」が下されます。将軍家から授与されるのはこの2点です。その後は尾張藩儒者佐藤牧山が撰上した号等に関する史料3点となりますが,注目されるのは「御称(おとなえ)」と題された史料で,これは林大学頭が選定した「茂徳」についての読み方を示したものです。つまり,偏諱の際,名は将軍家から授与されますが,それをどう読むかは,受け取った側で決定するということが明らかになる史料で,大変興味深いものがあります。(歴史資料課長永井博)1