ブックタイトル茨城県近代美術館/美術館だより No.99
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茨城県近代美術館/美術館だより No.99
所蔵作品追跡レポート井田照一“間”の思想あるいは、作者と鑑賞者の“間”昨年度、31点の作品寄贈を受けた井田照一(1941-2006)という作家の作品の大半には、大変ややこしい題名がついている。それは「Surface is the Between - Between Virticaland Horizon」というもので、訳せば「表面は間、垂直と水平の間」となるのだが、個々の作品にはこれに続いてそれぞれの名称がさらに加わるから、題名自体が非常に長くなってしまうので、先の部分は省略して「S.B.B.V.H.」などと表記したりするものだから、彼の題名はきわめて謎めいてしまうことになったりする。しかしながら、この呪文のような題名は、作者にとって、作品を生み出す重要な考え方、創作の手がかりであって、どうしてもなおざりにできるものではない。だから、井田の作品を多数所蔵する美術館としては、この呪文に作者がこめた意味合いをはっきりとくみとり、整理しておくことが義務づけられていると思われるので、ここで少しばかりその意味を追跡しておこうと思う。■版画を選ぶまず本題に入る前に、彼が先の呪文に至る以前の状況について見ておく必要がある。京都市立美術大学から同校専攻科に進んだ井田は、在学中から版画の個展などを開催し注目されていた。もともと彼が学校で学んでいたのは油彩画であったけれども、キャンバスの上に絵筆で描写してゆくという油絵の方法は、彼にとってどこかなじめないものがあったようである。「描けば描くほど、おのずと自然主義的になるというか、どうしても自然に近づこうとするイメージをそこに求めてしまうのでした。」(談話「私と版画制作との出会い」『版画の4人展図録』1988年、和歌山県立近代美術館)当時の状況についてこのように語る井田は、こうした方法を「自然のイラストレーション化」と捉えていたようだが、そこに作家の感性や情緒を託すのでは、自然がもともと持っている“不思議な力”にはとどかないように感じたとも書いている。つまり、井田は、何かを描写してそこに作者の感情を表出させるような方向の芸術には興味が持てず、情緒を抑える表現の可能性を、機械的な操作が制作に加わる版画(この場合、石版画)に見いだしていたということだろう。こうして、井田が選んだ石版という方法で制作されたのが「"open spring no.4"」(1965年、図1)や「"in thetree"」(1968年、図2)といった初期作品であり、単純で有機的な形態に、ほぼ単一による色彩がほどこされていて、ほのかなユーモアが感じられる作品群となっている。題名からすると、前者では、春が開かれてゆくイメージが、後者では、木の中に息づく何かが、このような形におこされているのかもしれない。既成のイメージを利用した「Drink」(1969年、図3)などでは、当時流行していたポップアートの影響もうかがえる。このようにして、1966年に専攻科を修了した井田は、その2年後には、毎日美術コンクールにおいて大賞を受賞し、フランス留学の切符を手にいれる。続いて、当時の版画隆盛の象徴のような展覧会、東京国際版画ビエンナーレにも選ばれることになり、言わば、はなばなしく画壇に登場したわけなのだが、意外なことに当時をふりかえる井田の言葉には、こういった作品制作の方法に対しても、決して満足していなかった状況が語られていた。そして、そんな「悶々としていたことをすべて吹き飛ばしてくれ」る、あるできごとが起きることになる。1231~3ともにリトグラフ・紙■石と紙の教え=“間”の思想「昔、作品づくりをイメージの紙芝居のように思っていた頃のこと、仕事場の窓から入ってきた春風が机の上の紙片をほとんど全部吹き飛ばした時、私はそこに残っていた小石の存在に久しぶりに気付きました」(前掲)。その小石は、彼の友人がドーバー海峡から持ってきてくれたものであり、長い間文鎮として愛用していたのだが、その後放置していたという。そして、「なつかしさの由に取り上げた小石の下の紙片には、かすかではありますが、小石の痕跡が見えました。(中略)これは私にとって大きな出会いでした」。(前掲)すなわち、“自然の不思議な力”を、ある形に置き換えたいと考えていた井田にとって、石という上からの力が働くことによって、紙に痕跡が残るというのは、まさに、6