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概要

茨城県博物館協会 NEWS No.39

2013年11月14日古河歴史博物館料です。これには,晴湖が制作ないし集積した模写・縮図・絵手本・写生・画稿・下絵に加え,晴湖自作自筆の画賛詩集などが含まれます。この「奥原晴湖粉本資料」を参照すれば,今までは文字情報によって存在が知られていたものの詳細が不明であった古典絵画作品についても,晴湖の残した原寸大の精緻な現状模写によって,ほぼ正確にそのイメージを把握することが可能となりますが,とりわけ江戸~明治期に輸入された中国絵画の状況を研究する上で,こうした画像データとしての晴湖粉本は,その記録資料的価値が近年,注目されつつあります。一方,本画(=完成作品)と,それに関連する粉本資料とを総合的に比較考察することにより,作品の制作過程をつぶさに知ることができるという点も重要です。晴湖は何を参考にし,それをどうアレンジして自己の作品を完成させたのか。では,こうした晴湖の学画と作画の状況を,いくつか確認してゆきましょう。てんちせきへきずまず,《天池石壁図》(明治12年/1879)の場合,こうこうぼう全体の構図は,伝・黄公望筆〈天池石壁図〉(藤田美術館蔵)を,ほぼそのまま利用しつつも,山肌や岩肌しゅんぽうを表現する皴法を変えて新鮮な印象を与えています。元代文人画の大家へのオマージュともいえる作品でしょうふうかくむずす。これに対して,《松風鶴夢図》(明治23年/1890しゃじしん以前)の場合には,明代の画家・謝時臣筆〈松陰避暑図〉から画想を得つつも,構図・筆墨法ともに,全く晴湖独自の画面を展開させています。りゅうとうそうがんずまた,《柳桃双雁図》(明治12年/1879)の場合にちょうゆう講師の平井良直氏は,清代後期の画家・張熊の作品から,構図を採り入れ,画賛詩も借録しています。ただし,晴湖はここで,原画の家鴨(=アヒル)を雁に替えて春の帰雁を想起させ,しみじみとした詩情を深めることに成功しています。以上は古河歴史博物館の館蔵品を事例として掲げまばいそうかじんずしたが,このほか個人蔵の作品として,《梅窓佳人図》(明治40年/1907)の場合には,原筆者不詳の清代絵画から構図を借りながら,原画の紫薇花(=サルスベリ)きんのうを白梅に替え,画賛には清代画梅の名手・金農が梅を詠んだ詩を借録することにより,原画から季節の設定を変更して新たな雅趣を生み出しています。このように,晴湖は古典の名品からコンテンポラリーな作品に至るまで,中国絵画を巾広く研究し,単に原画を換骨奪胎するのではなく,原画改変後の画面効果を周到に予測したうえで,詩情・雅致を損なうことなく独自のアレンジを加えているのです。こうした晴湖の造形理念に,彼女の深い漢学的教養が反映していることはまちがいないでしょう。いずれにしても,奥原晴湖は,「万巻の書を読み万ししょがさんぜつ里の道を行く」「詩書画三絶」という伝統的な東洋文人の理想を実践した最後の正統派文人画家として,性とみおかてっさい差を超えて,富岡鉄斎に優るとも劣らぬ位置にあるといっても過言ではありません。没後100年の節目を迎え,「女流画家」というフィルターを外して奥原晴湖の芸術を正当に再評価すべき時期が到来しています。(平井良直)研修会場の様子3終わりに古河市は古くからの町並みが今も残る伝統ある都市として知られています。歴史的にも優秀な人材を輩出しています。また,古河歴史博物館をはじめとして古河文学館や篆刻美術館などの文化施設がまとまって設置されており,すばらしい散策コースとなっています。地方の博物館が,特色ある取り組みをしている好例として茨城県博物館協会の会員の皆様にぜひ紹介したいと考え,今回の研修会を企画しました。また,奥原晴湖が岡倉天心にゆかりの人物であることなどから天心・波山記念事業を開催する平成25年度にふさわしい事業となりました。この研修会を機に,各館が連携を深め,互いに切磋琢磨し合いながら,茨城県の文化振興に努めていくよう願います。3